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どうも メカらうろ子 です。
さて今回は散々議論されてまいりました、ビジネスにおけるコミュニケーションツールでの電話のあり方について思考をめぐらせてみました。
皆さんもご存知と思いますが、かの有名掲示板サイトの開設者や、ちょっとした事件にもなった実業家の方なども発言されたことのある、電話不要論。
「電話するやつ無能」ビジネスにおける電話のあり方です。
” 電話 無能 ” などと検索すると出てくるアレである。
ビジネスにおいてメールよりも、未だ電話が主流の方もいらっしゃいます。どちらかと言うと私も未だに電話が主流の環境におります。ナゼ今更と思った方もいらっしゃるでしょう。ただ私が書きたいだけ。「何かの受け売りか…」と言われてもしかたありません。いつもの勝手な私見を記録したいだけです。色々言われる前に早速書いて行きましょう。
「電話するやつ無能」…ですか?
単刀直入だが、
俺の答えは「ケース バイ ケース」!
いきなり意識高い系のカタカナの結論ですみません。
しかも意識高い系の言い回しで。(笑)
この言葉が私の中の ほぼ完璧。
日本語で書くと何かが違う気がして難しい…
端的?! に書くとすれば
「時と場合と相手と状況と環境による」かな・・・?
何かが違う気がします…
日本語難しいですね……
私は「電話するやつ無能」論?! については ほぼ賛成派!
そう ほぼ ですよ! ほぼ電話は必要ない!
コミュニケーションとしては寂しくなりますが、ビジネスにおいて電話という機能は基本的に補助的な役割に置き換わった方が良いと思ってます。
あくまでもビジネスにおいてですよ。ビジネスに。
冒頭にも書きましたが 私の回りの環境は未だに電話主流の環境です。もちろん相手にもよりますが、ほぼ毎日電話は掛かってきますし、こちらからも掛けます。ちなみに未だにFAXも使います。もちろん仕事で使用するのですが FAXも現役であります!
そんな環境の中、電話で言ったの言わないのと水掛け論が起こるのであれば、業務効率性・生産性なども含めると、やはり電話のみでのやり取りには不安を感じますね。
メールやSNSなどの文字として確認取りあえれば 問題もミスも起こりにくいと思います。文字として記録にも残りますしね。
そもそもコレって相手あっての
「電話するやつ無能」だと思うんです。
お互い相手によって 電話が必要か否かも決まってくる。
まして電話の根本の部分、相手に伝わる話し方が 出来るか否かも大事な部分になってくる。コミュニケーション能力も電話は大事な部分、要領を得ない一方的な話し方ではそもそも意味がない。
私はアラフィフ世代、どちらかというと電話が主流の世代。
もちろんメールやSNSなども使ってる世代ですが、周りには私より上の世代の方々も多くいらっしゃいます。私より上の諸先輩方に、メールやSNSのみでのコミュニケーションを求めるのも 求められるのも 少々難しい。
かといって私より下の世代だからと、メールやSNSのみでいいか と言うとそうでもない。
やはり電話も掛けるし掛かってもくる。
若い世代だから、上の世代だから、などと括らずに、全ての世代の方を相手としてみても、メールやSNSで 伝わる方もいれば 伝わらな方もいる。
また、相手に伝わる文章を書く事が できるか、できないか、でも変わってくるだろう。
当然だが できる人は、きちんと伝わる文章を書くだろうし、できない人は、きちんと伝わる文章を書く事が できないのかもしれない。
文章能力も世間一般?! の基準を満たしていないと、なかなか一概には言えない部分ではあると思う。
状況や環境もそうだろう。
緊急性が高い要件や、または聞く要点が決まっている、などの場合は電話の方が断然早い!
メールやSNSでやり取りするよりも効率的だ。
だがこのような状況も、相手が打ち合せ中や 病院などにいらっしゃる時、または休みを取られてる時など、電話に出られない場合には、やはりメールやSNSでのアプローチが必要になってくると思う。
このように当たり前の事だが、相手、又は、自分、の状況や環境で 電話かメールかSNSなどを使い分けないといけない。
だからこそ私の思う最適解は
「ケース バイ ケース」
が ふわっとしてて まさにそのもの
時と場合と相手と状況と環境を総じて考慮して判断して、そのケースの最適解を見つける事ができる人が有能であって、そのケースの最適解を見つける事ができない人が無能と言われてしまうのかもしれない。
有能 無能 と極論のような言い方はあまり好きではないが、やはりその判断が瞬時にできる人が、有能と呼ばれる人なんだと思う。
コロナ禍の折、テレビ電話を使って、オンラインにて在宅でも仕事ができる。コミュニケーションツールが揃ってる時代の中、そもそも論じる話ではないのかもしれない。
世の中にはまだまだ昔ながらのやり方で 成り立っている業種も業態も環境もある。
そんなごく当たり前の世間一般に 少々強引に 最適解を求め過ぎているのかもしれない。